로그인大太刀を納刀し、のんびりと歩いてくる律の胸ぐらを掴んで優斗は食ってかかる。
「おい! 今のなんだよ!? こんな……!!」
憤りで喉を詰まらせる優斗に律はどうどうと手で制す。
「まぁまぁ、落ち着いて。お腹空かない? もう良い時間だし、お昼にしよう」
場違いなノリに優斗はがくりと項垂れた。
そんな優斗を放って律は足取りも軽くリュックの元に駆け寄ると、レジャーシートを広げた。そこに弁当や水筒を出すと手招きする。「ほら、早く!」
ルンルンとしながら二段重ねの弁当箱を並べていく。
しかし、今し方恐ろしい目に遭った場所でのんびり食事する気にはなれず、優斗は口を濁す。
「何もこんな寒い所じゃなくても……、それに虫だって」
辺りを窺い身を抱く優斗にあっけらかんとした声が上がる。
「えぇ〜、まだ寒い? 虫ももういないよ。しっかり封印したからね。後百年は大丈夫!」
その言葉に改めて周りに目をやると、確かに冷気は収まり、飛び回っていた虫の姿も消えていて、ただ木々の揺れる音だけが鳴っていた。
――封印? こいつ一体……。
正体不明の少年を、優斗は疑惑の眼差しで観察する。
突如として現れた転校生。 冷ややかな声で祝詞を上げる姿と、今にこやかに弁当を広げている姿はちぐはぐで、まるで同一人物とは思えない違和感だった。それにあの百足の化け物。
あいつは優斗だけを狙ってきた。 律は死ぬと思っていたと言い、実際なんの手助けもする素振りは無かったのだ。それを思い出して一気に頭に血が上る。
「そうだ……! なんであの化け物は僕を狙って来たんだよ!? 祝詞を唱えていたのはお前なのに!」
激昂する優斗にも臆した風もなく律はヘラヘラと笑いながら衝撃を突きつけた。
「ふふふ、だって俺結界張ってたもん。あの百足には俺が見えてなかったって訳」
そう言ってTシャツをめくり上げると心臓の位置に一枚の札が貼られていた。初めから仕組まれていたという訳だ。
「でも不快な祝詞は聞こえる。だから優斗を食おうと襲いかかったんだよ。いや〜ホント死ななくてよかったよね」
そんな軽口に背筋が粟立つ。
「それじゃ……、わざと僕を襲わせたのか? なんの説明もせず、あんな化け物に。もし僕が負けていたらどうするつもりだったんだよ……!」
わなわなと震える優斗を眺めながら、律の目は剣呑に細められる。
「そりゃ君が死ぬだけだよ。でも、生きてるんだから良いじゃない。何がいけないの?」
その声は低く冷たい。
優斗は突き放すような言葉を吐く少年に恐怖を覚えた。しかし、あまりに理不尽な言動にそれは一転して怒りに変わる。
「てめぇ……!」
怒りは頂点に達し、思わず刀に手をかけると律は
「もう、ごめんってば。口が悪いな〜。可愛い顔が台無しだぞ! それより、ほら! ご飯食べよ!」
さっきの仄暗い表情から一変、また人懐っこい笑顔を浮かべる。優斗の頭は混乱した。
どちらが本当の宮前律なのか判断がつかない。律はなおも笑みを湛えて優斗を待っている。
その間の抜けた顔を見ているとなんだか怒っているのが馬鹿らしくなって、深い溜息を吐いた。頭を抱えながらも重い足取りで弁当の元までやって来た優斗はその中身を見て絶句する。一段目はラップに巻かれた大きめのおにぎりが十数個。
そして、二段目は唐揚げ、コロッケ、海老フライにハンバーグ、生姜焼き等々見事に真っ茶色だ。隅の方に申し訳程度に押し込まれた卵焼きが唯一の彩りか。野菜の影は微塵も見られなかった。夕食を済ませると、優斗が後片付けをする間に律を風呂に行かせた。そんな何気ないやり取りに心が弾み、自然と鼻歌が零れる。だが、皿を洗い、流しを拭きあげる短い間に、もう風呂から上がってきた律に意表を突かれてしまう。時間にして十五分も経っていない。カラスの行水もいい所だ。「お前、ちゃんと暖まったのか? あー……髪もまだ乾かしてないし。もっとゆっくりしていいんだぞ?」 見かねてそう言っても、律は首を振る。「ううん。だっていつ緊急の呼び出しがかかるか分からないんだもん。これがいつもの事だよ。お風呂に入れるだけ良いと思わなきゃ」 にこやかに笑う律だが、その背景にあるのは凄惨な生い立ちだ。優斗にはまだそこまでの気概が無かった。呑気に湯船に浸かっていた自分が恥ずかしくなる。「そうか……そうだな。僕もまだまだ甘い。肝に命じるよ。でも、そうすると本当に一緒に入った方が効率がいいのか……?」 そう呟くと律の顔が眩しく輝いた。しまったと思うも後の祭りだ。「うんうん! それがいいよ! そうすれば緊急事態にも素早く対応できるしお湯も節約できる! 明日から早速実践しよ! わ~い! 優斗とお風呂! ねぇねぇ、洗いっこしようよ! 俺、全身隅々まで洗ってあげるよ。それから……ね?」 ねっとりと熱を帯びてくる律の表情に、優斗は引き攣る。またも壁際に追い込まれそうになりながら押し返した。「やっぱり今の無し! よく考えたらどっちかが連絡役で残った方がいい! 二人とも風呂に入ってたら着替えるのにも時間がかかるだろ!? 緊急事態にそれはまずいんじゃないか!?」 それに洗いっこで済むはずも無い。その先を想像してしまって上気する頬を見られまいと顔を逸らすと、律が不満げな声を上げる。「え~。そんな事無いよ。スマホは風呂場に持ち込むから着信にはすぐ気がつくし、脱衣所も広いから十分二人で着替えられるもの。でも邪魔されるのは嫌だな~。もういっそスマホ壊しちゃおうか」 どこまで本気か分からない律の言葉に、戦慄を覚えた優斗は慌てて止める。このままでは本当に壊しかねない。「ちょっと待て! それはダメだろう!? 壊したら
「僕もお前のために頑張るから。お前は僕が絶対守る。まだ未熟だけど、でも、こんな怪我なんてさせないようになる。一緒に戦いたい。他の誰でもない。お前のために」 まっすぐに律の瞳を見つめ、律の腕に手を伸ばして包帯を撫で決意を言葉に乗せる。律はぽかんとしていたが、ひとつひとつの言葉を飲み込んで涙を浮かべた。「うん……うん! 俺も優斗を守るよ。死ぬ時は優斗と一緒がいい。俺の命は優斗の物だから」 優斗も笑みを浮かべ頷く。「ああ、死ぬ時も生きる時もずっと一緒だ。僕の隣にはお前がいてほしい。他のヤツなんていらない。お前がいれば僕はそれでいい」 それは告白にも似た宣言。律にとっては何物にも変え難い言葉。二人は笑い合い至福の時間を過ごす。だが、その時間は短い。明日になればまた教習が待っている。律も仕事だろう。 離れる事は辛い。 それでも想いが通じた二人には些細な事だ。帰ってくれば、そこに自身の片割れがいてくれる。そう思えば乗り越えられた。 それにあと五日の教習が終われば一緒にいられるのだから。 しかし。「じゃあさ、この後俺の部屋で……」 頬を染め優斗を誘うもそれは無下にされる。「それとこれとは話が別だ! 僕はお前に抱かれるつもりは無いからな! あくまで友達、相棒だ。勘違いするなよ!」 つれない優斗の言い様に律はむくれるが、その目は諦めていない。虎視眈々と狙う目は肉食獣のそれだ。優斗の背は粟立つがそれすらも快感に変わってきている事に気づかないフリをした。ここで負けてしまってはグズグズになってしまう。さっきのキスを思い出すだけで疼くというのに、それ以上先を知ってしまえば抗えないだろう。 優斗は自分の気持ちに気付き始めていた。相棒だと思い込もうとしているがきっと違う。しかし、それが律と同じ物かは分からない。律も優斗を好きだと言うがそれは恋愛感情なのか。分からないままで関係を持つのは怖い。自分の独りよがりだったらと思うと、せっかくいい感じになれたこの空気が消えてしまうかもしれないのだから。 それに自分の気持ちにも確信が持てずにいる。優斗は初
優斗が風呂から上がると食卓にはご馳走が並んでいた。分厚いステーキ、具沢山のシチュー、刺激的な香りがたまらないガーリックライス。そこに彩りを加えるサラダも添えられている。見るからに食欲を唆る料理に優斗の腹が盛大に鳴った。 そこにエプロン姿の律が水の入ったコップを両手に持ち現れる。そのエプロンに優斗はギョッとした。さっきまでしていなかったはずのそれはこれでもかとフリルがあしらわれた真っ白なエプロンだ。所謂若奥様の出で立ちは長身の律にはチグハグな印象を与えるが何故か似合っていた。律はコップを食卓に置くと裾を摘みにこりと笑う。「えへへ~。似合う? 可愛いでしょ。優斗のために買ったんだ~。裸エプロンも考えたんだけどさ、まだ早いかなって。でも下着も揃えたらお披露目するからね! 楽しみにしてて」 仲直りができてほっとしていたのも束の間、また律の暴走が始まってしまった。それもそうだろう。ついさっきキスまで許してしまったのだから。思い出すと顔が熱くなる。嫌じゃなかったのがまた困りものだ。エプロンも可愛いと思ってしまっている自分に頭痛がする。 眉間を抑え苦悶していると律が顔を覗き込んできた。「優斗、これ嫌い?」 悲しげに眉を垂れる姿に優斗の胸は軋んだ。自分でも驚く程に律の悲しい顔が痛い。「そんな事無い! その、可愛いと、思う……」 おずおずと呟けば、それを聞いた律は頬を染め蕩けるような笑みを浮かべる。「ホント!? 嬉しい! 俺、もっと喜んでもらえるように頑張るから」 それはあまりに無邪気で可憐な微笑みだった。優斗も思わず見とれはたと我に返る。「ん゛ん゛ッ。頑張らなくていいから! 普通でいいから! 裸エプロンとかやめてくれ!」 そう言ってみても律は聞いちゃいない。エプロンの裾を靡かせくるりと回る。その顔は楽しそうだ。優斗もついつられて笑ってしまう。 二人で食卓につくと手を合わせる。カトラリーも箸とお揃いの青い取っ手だ。チラリと見ると律の手にも揃いの黄色いスプーンが握られていた。これも律が用意したのかと優斗の胸はじんと熱くなる。
二人はお互いの温もりを感じあい、抱きしめあう。それは至福の時だった。共に生き、共に死ぬ。言葉にせずとも伝わる不思議な感覚。 思わず抱きしめてしまった事に、今更羞恥を覚えた優斗は口を尖らせ、少しの非難を込める。「あ、それと! 連絡くらい寄越せよ。心配、したんだからな……」 頬を染めながらお強請りとも取れる事を言う。そんな優斗を可愛らしく思う律は頭を撫で頬を寄せる。「うん、ごめんね。俺、優斗みたいに大事な人、今までいなかったから気が回らなかった。今度からはちゃんと連絡するよ」 幸せな時間はゆったりと流れた。お互いの体温を求め合いひとつに重なる。 だが、そんな一時も腹に感じた違和感で優斗は現実に引き戻される。何やら硬い物が当たっていた。それを確認すると途端に青ざめる。「おい! お前何考えて……!」 離れようと踠くが律の力は強くて抜け出せない。そのまま顔が近づいてきた。「優斗……大好き」 優斗の脳内で警鐘が鳴り響きヤバいと思うも律は止まってくれない。自業自得とも取れるが優斗はあくまで友情として言ったつもりだったのに律に火をつけてしまった。そのまま壁に押し付けられ逃げ場を失う。「律! おい、まっ」 慌てふためくも功を成さず唇を塞がれてしまった。胸を叩いて抗議するが律は意に介さない。必死に抗いなんとか食いしばるも耳を触られ嬌声が漏れた。その隙に舌を捩じ込まれ絡められる。「ん……ふっ、ぅ」 キスなど初めての優斗は律に翻弄されるがままだ。息継ぎもままならず足に力が入らない。何度も舌を吸われ下腹部が熱を持つ。頭の中はグズグズに蕩け何も考えられない。だが、ベルトに手にがかかりカチャリと鳴る音に我に返った優斗は一層の危機を感じ思いっきり頭を殴りつけた。それでやっと解放され素早く距離を取ると唇を拭う。「お、お前なぁ、調子に乗るなよ! 友達だって言ってるだろうが! それを、な、なん……」 顔を真っ赤に染めて文句を言うが律はだらしなく笑っている。「えへへ~。キスしちゃった。は~幸せ。もっ
武術訓練は散々な結果に終わった。既に菖蒲と全力でぶつかった後だ。それでも後堂は手加減しなかった。何度も模擬刀で打たれ打撲だらけだ。その体を引きずって家路についた。エレベーターを呼び、待っているのも辛い。壁にもたれかかって待つ間、律の事を考える。スマホを見ても未だに連絡は入っていなかった。 せめて無事かどうかだけでも知りたいのに、誰も教えてくれない。情報部の小路も忙しいらしく捕まらなかった。父達も、別の仕事で留守にしている。他にあての無い優斗は、ただ待つ事しかできなかった。降りてきたエレベーターに乗り込むと、切れかかった電灯がちらつく。ワイヤーを登る音だけが鳴るエレベーター内は不気味だ。部屋のある十二階が、酷く遠くに感じられた。 やっと到着したエレベーターは、電子音と共に開くと暗い廊下が伸びている。優斗達の居室は一番奥だ。角部屋は日当たりが良いが、今の体では億劫で、誰にとも無く悪態をつく。 ――くそっ。遠いんだよ。誰だこの部屋を宛がった奴。 ぶつくさと文句を言いながら、辿り着いた居室の扉に鍵を差し込んだ。しかし、回しても手応えが無い。 ――開いてる……? そう思った時には勢いよく扉を開けていた。そこには電気が灯り人の気配がある。急いで靴を脱ぎ、リビングへ入ると律がキッチンに立っていた。呆然と佇む優斗に気付いた律が、振り返り満面の笑みを浮かべ腕を広げて走りよってきた。だがその勢いは優斗の一歩手前で止まり、気まずげに俯く。「優斗、あの、おかえりなさい。ご飯、食べるよね。今日はね、買い物もしてきたからご馳走だよ。ステーキとシチューでしょ。サラダもちゃんと作ったんだ。それからご飯もガーリックライスで……」 そう言う律の体は包帯だらけだ。痛ましいその姿に優斗の胸が締め付けられる。傷のひとつひとつが愛しくて、恋しくて、気が付けば律を抱きしめていた。「ごめん……ごめんな。僕がもっと強ければ、お前を傷付けたりしなかったのに。喧嘩別れしたまま会えなくて辛かった。こんなの初めてでどうしていいか分からなくて……僕はお前のためにもっと強くなって共切も使いこなすから、だから……頼む。傍にいさせてく
何度も打ち合っていたのだ。握力も限界だったのだろう。 愕然とする菖蒲に、更に追い打ちをかけようと一歩踏み出すも、優斗の体力も尽きていた。ふらりとよろけると、その場にへたりむ。だが、その目はまだ闘争心でギラついている。その目に菖蒲は怖気付いた。今まで妖魔の存在さえ知らず、安穏と暮らしていたはずの子供がこんな目をするのか。 菖蒲は継承候補者と言っても実戦に出た事は無かった。ただ共切を継承するためにその時間の全てを注いできたのだ。隊員と手合わせした事もある。だがここまで勝ちに執着する者は初めてだった。 今思えば本家という肩書きに手を抜かれていたのかもしれない。それは菖蒲を侮辱するものだ。そんな事に気付きもせずに慢心していた自身にも腹が立った。 満身創痍でも戦意を失わない優斗をじっと見つめる。それが羨ましいと思った。自分に課せられた使命を全うするため共切に固執していたが力だけではダメなのか。共切が何故優斗を選んだのか少し分かった気がした。 菖蒲の体力も尽き膝をつく。二人は睨み合ったまま動けなくなってしまう。 結果は相打ち。 それに衝撃を受けたのは連れ立ってやってきた蓮と茉莉花だ。まさか相打ちなんて中途半端な終わり方をするとは思っていなかったのだろう。最初の態度を見ても余程自信があったようだがそれがぽっと出のチビにやられたのだ。信じられるはずも無い。菖蒲の元に駆け寄ると心配そうに声をかけている。「菖蒲! 大丈夫か? まさかこんな……てめぇ、調子に乗るなよ」 そう言って菖蒲の模擬刀を奪い取り蓮が向かってこようとした。優斗も身構えたが後堂が割って入る。「そこまで。もういいでしょう。小堺君の力は十分に分かったはずです。以前から申していましたが、あなた方は血筋に頼りすぎている。その驕り高ぶった根性を叩き直しなさい。共切に拘らず妖刀を手に現場を体験するべきです。そうしていれば結果も違っていたでしょう。これはそれをしなかったあな方の失態だ。この事は勿論本家にも報告させていただきます」 後堂の言い方で菖蒲達に実戦経験が無い事を悟った優斗は溜息を吐く。継承候補者と言うからには実